14年前、千葉県内のＪＲ下総中山駅のステーションギャラリーで後藤さんと二人展を開いた。後藤さんは私が船橋市内の精密部品会社に2年間出向している時に知り合った人で当時71歳、長身で、肩幅が広いごっつい体躯をしていた。作業帽をいつもキッチリ被り、毎朝一番早く出社して社旗を揚げ、庭の水遣りを日課にしていた。部品外注、部材購入が主な仕事、かなりキツイ近視のようで机に覆いかぶさる格好で帳簿を見たり伝票を整理していた。電話や来客の対応には大きな声で対応し、現場への作業指示などもツッケンドウな所もあり若い社員からは煙たがれていた。社長には信頼が厚いようだが私もどちらかと言うと苦手なタイプだった。
　そんな後藤さんと急接近したのは昼食時に宅配弁当をつっつきながら世間話をしている時だった。絵の話になり、私が「木版画を趣味でやっているんですよ」と言うと、「おれは、パステル画をやっているんだ」と仕事では見せない穏やかな顔で私の目を覗き込んできた。骨太の手でパステル画を描いている姿を想像して、「そうなんですか」と驚いていると、ニコニコ笑って「おれの絵が社長室に掛かっているから」と言う。そういえば大きな花壷のような絵があったのを思い出した。2,3日たって後藤さんがやって来て、「ステーションギャラリーを予約してきたから」と言う。お互いの作品をよく見ていないし、私が展示場所も知らないのになんと気の早い人だなと一瞬言葉が出なかった。この時に後藤さんがパステル画、私が木版画の二人展開催が決まったのである。
　後日、後藤さんの家で、展示予定の風景画を見せていただいたが、どれもしっかりとした構図でパステル特有の微妙な色彩で表現されていた。相当な実力の持ち主だと思い、私の木版画が見劣りするのではないかと少し不安になった。
　ステーションギャラリーといっても改札口に近い壁面に造られた展示用多目的ステージが組まれたもので、柵が無ければ手を伸ばすと作品に触れそうな近さである。それぞれ10号から30号の作品を15点づつ飾り、備え付のテーブルに「感想を自由にお書き下さい」と書いた大学ノートを載せておいた。この駅を利用する乗降客は１日あたり２〜3万人と聞いた。通勤通学時間帯は絶え間なく改札口を人が通り、待ち合わせをする人も多く展示場所としては不特定多数の人目に付き好条件だと思った。　
　　会期中に後藤さんとステーションギャラリーを覗きに行った。すると制服姿の女子中学生が数人頭を寄せ合って大学ノートに何やら書いているのが見えた。中学生が立ち去ると後藤さんは柱の陰から大股ですっ飛んで行くと、すぐに、私に「早く来い」と手招きをしている。「おじいさんたち、仕事をしながらこんな大きな作品つくって、かっこいい。これらも頑張ってください」と書いてあった。プロフィールに後藤さんが71才と紹介してあったからだろうが、私はまだ51才なので、じいさんと呼ばれるのはおかしかった。後藤さんは「嬉しいねえ」と中学生が歩いて行った改札口の方を見て頷いていた。　
　　20日間の会期が終了して、作品を回収し、行きつけの飲み屋に立ち寄った。2人とも二人展の反応が知りたくて、早速大学ノートを取り出しペラペラめくってみると、最後の数ページを残してたくさんの感想文が書き込まれていた。ざっと250人ぐらい。すると後藤さんが感想文を読み始め、だんだん声が大きくなり店主も手を休めて聞きいっていた。甘口、辛口の評からいたずら半分のものもあったがほとんどの人は励ましの言葉が添えてあった。読み終わると後藤さんは「大成功だったな」とコップ酒を一口飲んで満面の笑みで私の手を握り締めてきた。店主も「よかったですね」と手を動かし始めた。後藤さんは描きためていた作品を発表する思いが叶って嬉しかったのだろう。私も共に喜びを分かち合うことが出来て、おもわず後藤さんの手を頭上に持ち上げ「また展覧会をやりましょう」と言った。翌日、出勤すると社長から二人が呼ばれ「うちの会社に芸術家がいるのを知らなかった。会社の宣伝にもなったし・・・」と一緒に喜んでくれた。　
　　二年後に同じステーションギャラリーで第二回二人展を開いたが前回同様に好評であった。二冊の大学ノートはコピーして、そのコピーを私は大事に本棚の見える所に入れてある。二人展の感動が今も木版画のとりこになっているのは間違いないことであり、生き方の大先輩としての後藤さんを見習いたいと思っている。後藤さんは展覧会の数年後退社され、娘さん夫婦と一緒に丹沢の麓の町で過ごされている。今年の年賀状で、85才を過ぎてもお元気で絵を楽しまれているとのお便りをいただいた。
　　　
　　　　　 
　　　　　　　　　　　後藤さんと私